
PTTで働くスタッフにフォーカスする"スタッフインタビュー"。
アメリカでトレーナー資格を取得し、関西を拠点としてトレーナー活動に従事する鶴谷舞トレーナーに話を伺いました。
アメリカでトレーナー資格を取得し、関西を拠点としてトレーナー活動に従事する鶴谷舞トレーナーに話を伺いました。
トレーナーという職業を目指されたのは何故ですか?
−鶴谷 実は大学を卒業して一般企業に就職をしていましたが、間もなくして、父親のアメリカへの転勤が決まり、アメリカでの暮らし(留学)の選択肢が増えた訳です。偶然にも留学する環境が整った訳です。(笑)
高校、大学を通じて野球部のマネージャーしていましたから、スポーツに何か関わる学部という事で体育学部スポーツ医科学科を選択しました。
高校、大学を通じて野球部のマネージャーしていましたから、スポーツに何か関わる学部という事で体育学部スポーツ医科学科を選択しました。
留学期間中の苦労した点などはありますか?
−鶴谷 日本での大学の専攻は、社会学部児童福祉専攻だった事もあって、身体に対する知識が全くといっていいほど何もなかったのでそういう意味では苦労しました。日本での単位がほとんど認められなかった事といきなり大学院から予備知識のない体育学を学ぶ事に抵抗があったので、最初の2年間は、時間はかかりましたが一般教養を中心に受講しました。
その後、大学院に移りまして、じっくりスポーツ医学専門の授業を受けて、長くかかりましたが無事卒業する事ができました。結果的には5年間アメリカで学んだ事になります。
英語は特に苦手ではなかったのですが、身体にまつわるすべてを英語で始めるのはとても大変でした。特にスポーツ医学にまつわる言葉(単語)を憶えるのは大変でした(笑)
数字の羅列を憶えるみたいに丸暗記したのを憶えています(笑)
アメリカでのカレッジスポーツ現場の感想は
−鶴谷 学校のスポーツがみんなの生活の中の一部であると強く感じました。
具体的に言いますと日本のスポーツ環境に例えるとテレビ放映されているプロ野球やサッカーなどと同じレベルに近いところで学校のスポーツが学生にとっては身近な存在である。そんなかんじでしょうか。
例えば体育館でバスケットボールの試合があると言えば、学内で数ケ月前から色々な所にポスターが貼られ、アスレティックデパートメントの学生が『みんなで応援にいきましょう!!』というような雰囲気を作り出します。
会場にいくと応援グッズが配られ、みんなで応援して、その試合の模様は学内のテレビで放映されたりします。また学内のアルコールが飲める様な場所では、試合の模様などをみんなで語り合ったりしてました。
そういう環境がごく自然にあったので、スポーツが学生生活の中に根付いている。そういう雰囲気を肌で感じることができました。今思えばすごくいい環境でしたね。
具体的に言いますと日本のスポーツ環境に例えるとテレビ放映されているプロ野球やサッカーなどと同じレベルに近いところで学校のスポーツが学生にとっては身近な存在である。そんなかんじでしょうか。
例えば体育館でバスケットボールの試合があると言えば、学内で数ケ月前から色々な所にポスターが貼られ、アスレティックデパートメントの学生が『みんなで応援にいきましょう!!』というような雰囲気を作り出します。
会場にいくと応援グッズが配られ、みんなで応援して、その試合の模様は学内のテレビで放映されたりします。また学内のアルコールが飲める様な場所では、試合の模様などをみんなで語り合ったりしてました。
そういう環境がごく自然にあったので、スポーツが学生生活の中に根付いている。そういう雰囲気を肌で感じることができました。今思えばすごくいい環境でしたね。
それだけ学内で注目されているという事はやはりソフト面、ハード面からも充実しなければいけませんね。
−鶴谷 トレーナーの存在が必要不可欠なのは勿論ですが、そのイベントを盛り上げる為に、スポーツマネージメントを学ぶ学生達が自主的にどうやって収入を得るか、どうやって広告をするかなど、授業で習った事を学内で実習する場でもありました。
アスレティックトレーナー学科も同じでそこで学んだ事を直ぐに活かせる場所『アスレティックトレーニングルーム』がありました。
スポーツを大学の中で根付かせるシステムは確かに日本とソフト・ハードとも大きな違いはありますね。
アスレティックトレーナー学科も同じでそこで学んだ事を直ぐに活かせる場所『アスレティックトレーニングルーム』がありました。
スポーツを大学の中で根付かせるシステムは確かに日本とソフト・ハードとも大きな違いはありますね。
実際に卒業され就職を考えた時に、日本を活動の拠点としてきめられたのは何故ですか?
−鶴谷 今日本に帰りたかったからです。(笑)もう一つの理由としては・・・・私は関西学院大学出身なのですが、みなさんご存知のようにアメリカンフットボールの名門です。
しかし実はあまり学生時代には興味がなかったんです(笑)それがアメリカ滞在中にすっかりアメリカンフットボールのファンになってしまいました。今思うとなんてもったいない事したんだろうと思っています(笑)
日本でもアメリカンフットボールのトレーナーとして携わりたいなぁと考えておりました。
実際の日本におけるトレーナーの現状などはご存知だったのですか?
−鶴谷 そうですね。やはりトレーナーとして職を得ることが大前提で探し始めました。アメリカでも色々な日本での雇用情報は友達から聞いたり、ネットで検索したりして得る事ができました。
色々な情報が飛び交っていました(笑)
しかし、実際に自分の目で確かめるために、卒業の1年前に帰国して、2ヶ月の間、色々な日本のトレーナーの現場へ見学に訪れました。
結論は、『やはり仕事としてやっていくのは厳しそうだ』というのがその時の実感です。
勿論、トレーナーとして就職できることを最優先にして活動しましたが、できなかった場合なども考えていました。
色々な情報が飛び交っていました(笑)
しかし、実際に自分の目で確かめるために、卒業の1年前に帰国して、2ヶ月の間、色々な日本のトレーナーの現場へ見学に訪れました。
結論は、『やはり仕事としてやっていくのは厳しそうだ』というのがその時の実感です。
勿論、トレーナーとして就職できることを最優先にして活動しましたが、できなかった場合なども考えていました。







